紀勢東線、紀勢西線が開通し紀勢本線となる  

尾鷲 紀勢線 昭和34年7月15日

紀勢線で最後まで残っていた賀田駅、二木島駅間がこの日開通
当日の式典には国鉄十河総裁が開通のテープを切り祝賀列車「那智号」が初運転する
駅名が「おわし」から「おわせ」に変わる

尾鷲、熊野市間 34Km 総工費63億円余り

 
今まで尾鷲・熊野間はバスが国道42号線矢の川峠越えて
2時間40分、巡行船では5時間かかっていたが国鉄の開通により38分から1時間程で行き来出来るようになりました
紀勢線尾鷲・熊野間は非常に難工事であり、ほとんどがトンネルと架橋でした
なんと紀勢東西線は大正9年に着工してからこの全線開通までに、実に40年もの歳月がかかったのでした

国鉄バス紀南線、熊野商船(巡行船)は14日にて廃止

国鉄バス紀南線は昭和11年より23年間に述べ1,200万人を運び運転キロ数は1,000万キロに達しました。
この数字だけでも驚きなのに、当時非常に険しい未舗装の矢の川峠で23年間一つの事故もなかったと言う事はまったく驚くべき事だと思います


*尾鷲市史年表より