尾鷲の発祥

尾鷲の名の由来は、「地形の湾曲するところから、大輪内(大きな湾)が訛った」という説と「尾鷲の元の村(水地浦)が山の尾の端にある」という二説があります。
「尾鷲」(おわし)の名は、貞和4年4月20日(1348)の荘子司家文書に現れるのが最初の物です



1954年(昭和29年) 北牟婁郡尾鷲町、須賀利村、九鬼村、南牟婁郡北輪内村、南輪内村が合併して「尾鷲市」が誕生する
呼び名を”おわし”から”おわせ”に変更
当時の人口は33,188人
でした